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: 黒河の水収支 : kaiho-tama : 地表面熱収支と水収支

砂漠とオアシスの熱・水収支

実際に式(1)の $H$$E$ を求めるには、 まず乱流観測から始めた。図3の装置で 直接得られるデータは、図4のような風速と気温、水蒸気量の 時系列である。

図 4: HEIFEでの観測結果 (1991年8月8日北京標準時13時45分〜50分)、 U: 平均風向方向の風速成分、W: 鉛直風、T: 気温、q: 比湿。 玉川 2000[1]
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ここで、鉛直方向の風速と気温(水蒸気量)が得られていることが重要である。 つまり、これはある瞬間に上下方向に熱(水蒸気)がどれだけ輸送されているか を計測していることになっており、共分散が乱流によるフラックスを 表す。これは、理論的には大きな仮定無く熱(水蒸気)フラックスを直接計測した ことになり、適切に観測解析された場合、最も信頼のおけるデータとなると 考えられている。(マニアな方は、玉川1999[2]をどうぞ) 信頼性については、Mistuta et. al. 1995 や Tamagawa 2000[21] にあるように、毎時や毎日でみると 熱収支に大きな誤差があるが、数日の平均をとれば数W/m${}^2$で バランスしていることからも系統的な誤差が非常に小さい程度には あることが分かる。

さて、このようにして得られた熱や水蒸気のフラックスの信頼性の高いデータは IOP の短い期間にしか存在しない。そこでこれらのデータを 通年観測されている風速、気温、湿度の高度分布のデータと比較する。 ここのところには、Monin-Obukhov の相似則と呼ばれる有名な半理論式が 水平一様で定常という理想的な場合に成立することが知られているが、 乾燥地のような場所で、しかも条件の良いデータだけを選び出すこと無しに 成立するかどうかは、疑問がある。また、例え成立するとしても、 幾つかのパラメータは現地に合わせて決定する必要がある。

この作業は、オアシスでは Tsukamoto et. al. 1995[22] で、砂漠では、Tamagawa 1996[20] と Mitsuta et. al. 1995[10] で行われた。 詳細は専門的になりすぎるので省略するが、 砂漠での水蒸気に関しては、Monin-Obukhov 則の成立は一般的には 認められず、熱収支式(1)を利用した推定のみ可能であった。 また、オアシスでは水平方向の乾湿の変化の激しさにより、 観測点と地面の間の小さな空間でも 水平方向に熱が多く輸送されており、観測値をそのまま当てはめると 熱収支式が成立しなかった。 また、HEIFE 初期の研究結果である Wang and Mitsuta 1990[23] では 地面が加熱される日中に大気から地面への水蒸気輸送が観測され、 話題となった。ちなみに、数値モデルでよく使われる $\beta$ 法と 呼ばれる方法では、この現象は原理的に再現できない。

さて、その結果オアシスでは、1991年に年間 535mm の 蒸発散[*]があることが、 Tsukamoto et. al 1995[22] で示され年間の蒸発量の変化も 図5のように示された。灌漑が行われ麦の植えられている 夏期に多量の蒸発散が観測されていることが見て取れる。 ここでの降水量は 100mm 程度であるので、その5倍もの水を蒸発させていることに なる。ちなみに簡易な蒸発量観測である蒸発皿の観測では 2000mm などという 観測値が得られるそうである。

図 5: 張掖観測点での蒸発散量の推定値 Tsukamoto et. al 1995[22] から引用

砂漠では、Mitsuta et. al. 1995[10] によると 図6のように蒸発量が推定され、年間に120mmの蒸発が 起こっていること、また夏期の降水によく対応して蒸発が増加することが示された。 直接観測によって蒸発が観測された降水イベントに対しては、その降水が 数日程度で蒸発で消費されることが示された。 年間の収支でみると降水量約100mmに対して20mmほど多いことになるが、 ここでの地下水位は地表から約5m下にあることから、 地下水面からの直接蒸発とみるには この値は大きく、精度の問題も含めて分からないことは多い。 砂漠には当然のことながら砂丘と丘間地が存在していることや 本砂漠は地形的には低い場所にあることなども関係しているかも知れないが、 特にそれを解析で示した例は筆者は知らない。 大雑把には、降水量+少しの水が蒸発していると考えられる。

図 6: 砂漠観測点での蒸発量と降水量 Mitsuta et. al. 1995[10] より 引用
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熱収支の図は省略するが、例えばオアシスでは地表面温度が低いことから、 地面から上向きに放出される赤外線が少なく、 植物がある為、地面の反射が少ないことから、砂漠に比べて多くの放射のエネルギーを $H$$LE$$G$ に使用することができることや、年間の熱収支を見るためには、 砂漠では、1年周期の $G$ の変動を計算する必要があることなども示されている。

他に、砂漠での蒸発量を見るのに、 地表面付近から下へ向かって発達して行く乾燥層と呼ばれる 乾燥した砂の層の厚みを計測し、水蒸気拡散で輸送できる水蒸気量を 求める DSL 法という方法を、Kobayashi and Nagai 1995[9] が 提唱し使用している。本質的に乾燥状態での蒸発量は地中での輸送量で 決められるので非常に的を射た方法であるが、連続観測の難しさが問題である。 また、オアシスでの熱収支状況について、Kai et. al. 1997a[7] で タワーのデータを使って詳しく解析されている。



Ichiro Tamagawa 平成14年1月29日