第1 序章
1.1 研究背景
降水予報は、地球大気の振る舞いの時間発展の様子を物理法則に基づいた数値予報の式、すなわち3次元の流体の運動方程式、質量保存の式、空気塊についての熱力学第一法則の式、状態方程式をある初期条件と境界条件を解くことによって求められる。しかし、現在の数値予想モデルの解像度では、現実的な地形を正確に表現することは困難である。
図1-1は、2001年12月6日の前線通過時の雨の様子を示したレーダー画像である。北陸地方から進入した前線は南下する過程で、標高の高い地域付近でバンド状の構造が崩れかけていることが分かる。
このように、地形が何らかの形で気象に影響していると考え、本研究では地形の表現が降水に影響するかを検討するために、気象モデルを使用し実在する山を設定して、地形と降水との関係ついて研究する。
図1-1 2001年12月6日の前線の様子
1.2 研究目的
本研究では、非静力学モデルCReSS(Cloud Resolving Storm Simulator)を使用して数値シミュレーションを行った。
本研究では、雨が降りそうな気象データを使用して、ある実在する山を設定し、同じ計算領域内で格子数と格子間隔を同時に変化させた時にどのくらい地形の表現が降水に影響するかを検討する。また、降水発生に関係すると思われる地表面での風向・風速の変化も解析し変化を考察するのが目的である。
本研究で使用する、CReSSについては次節で説明する。
第2章 モデルの概要と定式化
2.1
CReSSの概要
CReSS(Cloud
Resolving Storm Simurator)は雲スケールからメソスケールの現象の高精度シミュレーションを行うことを目的として、名古屋大学地球水循環研究センターの坪木和久氏や(財)高度情報科学技術研究機構の榊原篤志氏により開発された非静力学気象モデルであり、直接1つ1つ雲を計算すると共にそれが組織化したメソスケール(中規模)の降水システムを高精度でシミュレーションできるものである。
以下に本研究で使用したCReSS Ver2.1の特徴と実装されている具体的な機能をいくつか挙げる。
・並列計算機用に設計されており、大規模計算が実行できる。一方で、1つのCPU(プロセッサエレメント)だけを用いるバージョンも用意されており、PC-UNIXでも実行可能である。
・雲物理過程を可能なだけ詳細に取り入れた雲モデルである。
・コードはFORTRAN90ベースで記述されており、可読性に優れ、かつほとんどの計算機プラットホームで実行可能である。
・力学過程の基礎方程式系は非静力学・圧縮系で地形に沿う座標系の3次元領域で計算を実行する。
・音波の取り扱いに関しては音波関連項とそれ以外に分け、時間積分のタイムステップを小さくして計算を行う。
・乱流はスマゴリンスキーの1次のクロージャーまたは乱流運動エネルギーを用いた1.5次のクロージャーによるパラメタリゼーションを導入している。
・力学過程の従属変数は、速度の3成分、温位偏差、気圧偏差、乱流運動エネルギー(1.5次のクロージャーの場合)である。
2.2
基礎方程式系の定式化
CReSSモデルの支配方程式は、運動方程式(地球の回転を考慮したナビエ・ストークス方程式)、熱力学方程式、圧縮系の連続方程式、水蒸気混合比の式、雲・降水粒子の混合比の式、及び雲・降水粒子の数密度の式で記述される。これらの式にさまざまな物理過程を定式化したものと境界値の定式化が加わり、モデルが構成されている。このモデルではx,y座標系の地図投影法(極平射図法、ランベルト正角円錐図法、正角円筒図法)を設定したり、また外部の標高データをモデルの計算領域に補間したりすることも可能である。
2.2.1 地形に沿う座標系
CReSSでは他の気象モデルで用いられているものと同様の地形に沿った座標系を採用している。ここで、
(2.1)
(2.2)
(2.3)
である。
ある変数の空間微分はを用いて、以下のように変換される。
(2.4)
(2.5)
(2.6)
ここで式、(2.4)〜(2.6)に使用した各項の意味を表2.1にまとめる。
表2.1 使用した変数の一覧 *
記号 |
内容 |
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* CReSS
User’s Guide 第2版(著 坪木和久、榊原篤志)を参照。
2.2.2 基礎方程式
モデルの独立変数は空間の座標、と時間である。これらの関数として定義される従属変数はCReSSで採用している圧縮性の方程式では、速度の水平2成分と鉛直成分、基準状態からの温位偏差、基準状態からの気圧偏差、水蒸気混合比、水物質(雲粒や雨粒等)の混合比、および水物質の数密度である。ここでは、水蒸気以外の水物質で、雲・降水過程をどのように表現するかでその変数の数が決まり、それに応じて時間発展方程式系の数が変わる。ここで、これらの従属変数のうち温位と圧力、また水物質と水蒸気を考慮した密度については、以下の静力学平衡、
(2.7)
を満たす基準状態とそれからの偏差に分ける。また、表記を簡便にするため、次のように変数変換しておく。
(2.8)
この変数を用いて、各予報変数を以下のように変換する。
(2.9) (2.10) (2.11)
(2.12) (2.13) (2.14)
(2.15)
密度以外の従属変数はすべて時間発展方程式系で表現されているが、地形を含む場合これらの従属変数を与える時間発展方程式系は、グリッドスケールにおいて以下のように与えられる。
運動方程式
(2.16)
(2.17)
(2.18)
温位の方程式
(2.19)
気圧の方程式
(2.20)
水蒸気および水物質の混合比の方程式
(2.21)
(2.21)
水物質の数密度の方程式
(2.22)
ここで、式(2.16)〜 (2.22)で使用した各項の意味を表2.2にまとめる。
表2.2 使用した変数の一覧
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コリオリ力係数 (:地球の角速度、:緯度) |
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空気中の音速 |
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サブグリッドスケールの乱流による速度の拡散項 |
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サブグリッドスケールの乱流による温位または水物質の混合比の拡散項 |
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温位または水物質の混合比の生成・消滅項 |
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水物質の沈降(降水)の項 |
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サブグリッドスケールの乱流による固体の水物質の数密度の変化 |
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固体の数密度の生成・消滅項 |
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沈降(降水)による固体の数密度の変化 |
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人工的に入れた音波の減衰項 |
2.3
サブグリッドスケールの拡散
数値モデルは、連続体である大気を離散的な格子点の値によって表現するものである。しかし実際の大気中にはその格子間隔より小さなスケールの運動が必ず存在する。これは、その間隔をいかに小さくしても存在するもので、サブグリッドスケールの運動と呼ばれ一般には拡散として作用する。
サブグリッドスケールの格子間隔をいくら細かくしても計算できないのであれば、理論的にサブグリッドスケールの運動の時間発展方程式を導くことが考えられる。例えば、速度をグリッドスケール成分とそれからの偏差に分ければよい。この時、グリッドスケール成分の方程式には未知量としてレイノルズ応力と同様な偏差の2重相関が現れるので、それらの時間発展を与える式を考える。しかし、今度はそれらの中に3重相関が現れてしまう。同様の操作を繰り返してもさらに未知量が含まれ、これらの方程式系は閉じない。これは乱流の非線形性によるもので、Kellar
and Friedmann (1924)によって初めて認識された。この問題を「クロージャー問題」という。
この困難から抜け出す方法の1つとしては、有限の数の方程式を用いて、残りの未知数を既知の量で表す方法がある。これは「クロージャー仮定」と呼ばれ、予報される相関の次数により、1次のクロージャー、2次のクロージャー、・・・のように呼ばれる。
サブグリッドスケールの運動の表現は、CReSSでは2重相関を渦粘性の概念のもとに平均速度及び乱流運動エネルギーと散逸率などの乱流を特徴付けるスカラー量を用いて表現し、これらについての時間発展方程式を別にモデル化する考えの下、1.5次のクロージャーを用いており、計算するに当たって乱流運動エネルギーについての時間発展方程式が必要になる。
2.3.1 乱流輸送のパラメタリゼーションと拡散項の定式化
節2.2.2で述べた地形に沿う座標系での基本方程式において、運動方程式、温位の式、水蒸気と水物質の混合比の式、および、水物質の数密度の式に現れる拡散項(乱流混合の項)は渦粘性係数と渦拡散係数によって表され、それを評価する方法を渦粘性モデルという。以下の節では、次の2つの渦粘性モデルのうち今回の実験で採用している後者の説明をする。
・ スマゴリンスキーの1次のクロージャー
・ 乱流運動エネルギーを用いた1.5次のクロージャー
2.3.2 渦粘性モデル(乱流運動エネルギーを用いた1.5次クロージャー)
運動方程式中の拡散項は、応力テンソルを用いて次のように表現される。
(2.23)
同様にに関しても同じように表現される。ここで、応力テンソルは、せん断応力とレイノルズ応力と同様なものからなる。レイノルズ応力と同様なものはグリッドスケール成分からの変動成分からなるので、平均量を用いた形式に何らかのモデル化をする必要がある。そこで、せん断応力からの類推で、粘性係数を用いた勾配拡散の形式に表すことを考えると以下のようになる。
(2.24)
Sij:変形速度テンソル
温位、水蒸気と水物質の混合比、及び、水物質の数密度の拡散項については、それらの変数をで代表して
(2.25)
のように定式化する。ここで、,は方向の、は方向の、上式に該当するスカラー量の分子拡散と乱流(サブグリッドスケールの)フラックスで、勾配拡散の形式で
(2.26)
(2.27)
(2.28)
のように与えられる。
今回の実験に使用した1.5次のクロージャーでは、の決定に乱流運動エネルギーについての時間発展方程式を用いる。この乱流運動エネルギーは各速度成分について、平均流からの偏差 ”を付して、
(2.29)
と表され、その時間発展方程式は、次のように与えられる。
(2.30)
ここで、この節に使用した記号の意味を表2.3に示す。
表2.3
記号 |
意味(式) |
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位置エネルギーと運動エネルギーの変換項 |
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散逸項の係数=3.9
or 0.93 (3.9:最下層、0.93:それ以外) |
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方向の乱流運動エネルギーのフラックス |
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水平方向の混合長スケール |
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乱流運動エネルギーに対する渦粘性係数 |
次元解析により渦粘性係数は乱流運動エネルギーの関数として、
(2.31)
(2.32)
と与えられる。ここで、はそれぞれ水平・鉛直の混合長スケールである。CReSS
では格子間隔が水平と鉛直でほぼ同じ場合と大きく異なる場合とで、与える混合長スケ
ールの値が違う。以下に示す。
ほぼ同じ場合には、
(2.33)
のように与えられる。ただし、
(2.34)
(3.35)
である(はそれぞれの格子間隔)。また、大きく異なる場合には、
(2.36)
(2.37)
のように与えることができる。ただし、
(2.38)
(2.39)
である。
本研究では、水平と鉛直の格子間隔がほぼ同じ場合を採用した。
2.3 雲・降水の物理過程
降水の形成過程は大きく「暖かい雨」と「冷たい雨(氷相雨)」に分けられる。暖かい雨とは氷相過程を全く経ずに雲から降る雨をいい、雲の全ての領域が0℃以上にある。そのような雲を「暖かい雲(warm
clouds)」という。一方、氷相雨というのは、降水粒子の成長過程の主要な部分に氷相過程が関与するような雨で、そのような雨をもたらす雲を「冷たい雲(cold
clouds)」という。この場合、雲の一部または全部は0℃以下にあり、通常は液相と固相の水が両方存在する。これらの雲のモデル化には6つのカテゴリーがありCReSSには、「暖かい雨のバルク法のパラメタリゼーション」と「氷相を含むバルク法のパラメタリゼーション」の2つが実装されている。今回は、氷相を含むバルク法に氷物質(雲氷、雪、霰)の数密度の予報を含めたパラメタリゼーションにて計算を実行した。
また、氷相を含むバルク法に氷物質(雲氷、雪、霰)の数密度の予報を含めたパラメタリゼーションの方程式は付録の1.1.1、1.1.2に掲載した。
2.4 地表面過程
地表面過程については付録1.2.1章に地表面の熱収支について説明した。
鉛直・地表面フラックスについては付録1.3章で説明した。
3章 モデルの設定条件
3.1 初期値について
CReSSに与える初期値としては、今回は水平に一様なものを与えた。その内訳は、高度を表す圧力、温度、相対湿度、風速の東西成分、南北成分である。
データの作成に当たっては、(財)気象業務支援センター発行の高層気象観測年報2000年(平成12年)に収録されている高層気象観測データを使用する事とした。
本研究では、雨が降りそうな気象条件を満たす日のデータを気象庁のアメダスのデータをもとに選定した。そこで今回CReSSに与える標高データが岐阜市にある金華山であるため、岐阜から一番近い高層気象観測地である浜松で観測された高層気象観測データを使用する事にした。この日の9時の地表面からの持ち上げ凝結高度は400mであった。表3.1に8月16日の9時から13時までの岐阜市で観測された降水量を示した。
表3.1 9時から13時までの実際の降水量 |
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時間 |
降水量 |
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時間 |
降水量 |
9:00-10:00 |
0.5mm |
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11:00-12:00 |
1.5mm |
10:00-11:00 |
1.0mm |
|
12:00-13:00 |
3.0mm |
また、CReSSで設定した初期値について具体的に図3-1、図3-2、図3-3、図3-4に示した。
図3-1 高度と温度の関係
縦軸:高度(m) 横軸:温度(K)
図3-2
高度(m)と湿度(%)との関係
縦軸:高度(m) 横軸:湿度(%)
図3-3 速度の東西成分初期値(U)の設定
縦軸:高度(m) 横軸:速度の東西成分(m/s)
図3-4
速度の南北成分初期値(V)の設定
縦軸:高度(m) 横軸:速度の南北成分(m/s)
3.2 シミュレーション条件の設定
3.2.1 初期設定について
本研究では、表3.2の初期値を設定した。これは、今回行った実験の共通の初期条件である。
表3. 2 初期値の設定
シミュレーション時間 |
2000年8月16日9:00〜13:00迄の4時間 |
境界条件 |
東西南北:周期境界条件 |
上端・下端は固定壁境界条件 |
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温位擾乱 |
ランダム擾乱を指定した2点の高度間に設定をする |
雲微物理過程 |
氷相を含むバルク法に氷物質(雲氷、雪、霰)の数密度 |
の予報を含めたパラメタリゼーションの実行 |
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初期条件 |
高層気象観測データより水平一様に与える |
時間ステップ |
ガウスの消去法により、鉛直方向を陰解法で時間微分をする |
音波関連項は1秒 |
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音波関連項以外は0.05秒 |
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コリオリ力 |
水平方向のみ計算する |
乱流過程 |
1.5次のクロージャーモデル |
3.2.2
境界条件について
今回、CReSSの計算領域以外の地形の影響や、風の影響を避けるために東西南北の境界条件は周期境界条件にした。それにより、CReSSの計算領域を有限のサイズに抑え込み、小さな系の一方の境界が、その系の反対側の境界と繋がっていると考え、それらが発展していくことによって、東西南北の境界条件を他から与える必要がなくなる。上端・下端については固定壁境界条件を使用した。これにより計算領域内で発生した雨や風などの物理量を上端・下端から放出することを防ぐことが出来る。
3.2.3 格子数と格子間隔
本研究では、3つのパターンの実験を行った。今回は鉛直方向の格子間隔、格子数は変更せず、同じ計算領域内でX方向、Y方向の格子数と格子間隔の変更をした。それにより、地形の表現が降水に影響しているか観察する。下に3つのパターンに変化させた格子数、格子間隔を以下に示す。
(1)実験1 格子数 100×100×60
格子間隔 50m×50m×50m
(2)実験2 格子数 50×55×60
格子間隔 100m×100m×50m
(3)実験3 格子数 27×28×60
格子間隔 186m×196m×50m
3.3
CReSSに与える標高データについて
本研究では地形の表現を鮮明にする為、国土地理院が発行する数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。
数値地図50mメッシュ(標高)は、国土地理院が刊行している2万5千分1地形図に描かれている等高線からベクトルデータを作成し、それから計算によって求めた数値標高モデル(DEM:
Digital Elevation Model)データである。
2万5千分1地形図(2次メッシュ)を経度方向および緯度方向に、それぞれ200等分して得られる各区画(1/20細分メッシュ、2万5千分1地形図上で約2o×約2o)の中心の標高が記録されている。標高の間隔は緯度(南北)方向で1.5秒、経度方向で2.25秒となり、実距離で約50m×約50mである。
本研究では、まず標高データを作成するために数値地図50mメッシュ(標高)から、緯度、経度、標高の3つを抽出するプログラムを作成した。プログラムは付録に掲載した。
また今回、数値地図50mメッシュ(標高)を使用し岐阜市にある金華山を選定したが、CReSSで用いる初期条件の1つである境界条件が、東西南北周期境界条件であることから、3.2.2章で述べたように、上下左右が繋がるため地形の両端の標高を一定にする必要がある。 その為、図3-5のように金華山の両端の面積1/10の標高を2次関数を用いて滑らかにし一定の標高値にした。
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図3-5 金華山の両端の面積1/10の標高を2次関数を用いて滑らかにした図
:標高
:1/10の距離
:山の距離 :縁からの距離
:縁の高さ
(3.1) (3.2)
(3.3)
(3.4)
以上の式を用いて金華山の両端の面積1/10の標高を2次関数を用いて滑らかにし一定の値にした。図3-6は金華山の面積1/10の標高を2次関数を用いて滑らかにしていない状態の図であり、図3-7は2次関数を用いて両端の標高を滑らかにした図である。
図3-6 金華山の両端の面積1/10の標高を2次関数を用いて滑らかにしていない状態
図3-7 金華山の両端の面積1/10の標高を2次関数を用いて両端を滑らかにした状態
図3-6にある赤色の線で囲んだ地点を計算領域の基準として、山の両端の1/10面積を滑らかにし、CReSSの計算領域の中心に山を設定した。
第4章 実験結果
4.1
降雨強度について
降雨強度とは、瞬間的な降雨の強さのことで、現在降っている雨がこのままの強度で1時間降り続いた場合に相当する雨量で表している。
今回、3つのシミュレーションを行ったが地形の表現を変化させることにより降雨量や降雨の発生時間に変化が見られた。シミュレーション開始1200秒後の図4-1を見ると、格子数を多く設定し格子間隔を狭く設定し地形の表現を鮮明にした実験1は降雨が発生しているのに対して、格子数を少なく設定し格子間隔を大きく設定し地形の表現を滑らかにした図4-2の実験2では、降雨が発生していない。同じように実験3を示した図4-9でも降雨が発生していない。
シミュレーション開始4800秒後を示した図4-3では3.6mm/hの強い降雨強度を示す値が確認できるが、図4-4では図4-3で確認出来た3.6mm/hの強い降雨強度を示す場所に0.36mm/hの値しか確認出来なかった。また、図4-3では降雨範囲が5.88km2広がっているのに対して、図4-4では降水範囲が2.23km2しかない。同様にシミュレーション開始6000秒後の図4-5、4-6、開始7200秒後の図4-7、図4-8、などそれ以降の図でも実験1と実験2では降雨強度と降雨範囲に違いがあった。また、実験3のシミュレーション開始4800秒後を示した図4-10では降雨が発生していない。
降雨発生時間も3つのパターンとも異なる。今回CReSSの出力形式の関係で資料として掲載出来ないが、実験1では900秒後、実験2では1400秒後、実験3では5200秒後に降雨が発生している。
また、8月16日に岐阜市で9時から13時までに観測された4時間の総雨量が7mmであったが、実験1が9.36m、実験2が4.32mであったのに対して、実験3では1mm未満であった。
4-2
風向・風速について
地形の表現を変化させることによって大きく風向・風速が変化するということは今回のシミュレーションでは見られなかった。
図4-1では、風が山を避けるように、山の縁を通過し南方向に風が吹いているが、山の南西にある標高の低い斜面から、風が山頂に向かって上昇している。さらに、山の北西にある標高の低い斜面からも山頂に向かって風が上昇していることが分かる。そして、それらの風が交差する地点で降雨が発生している。このことから山の斜面に沿って上昇した風が交差した地点で上昇気流が発生し、雲が出来たと考えられる。
図4-2、図4-9では、図4-1と同じ風の動きが見られるが、地形の表現を滑らかにした事によって、山の微小な起状がなくなり降雨が発生していないと考えられる。
また、単位時間あたりの地表面の図は付録に掲載した。
図4-1 実験1のシミュレーション開始1200秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
図4-2 実験2のシミュレーション開始1200秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
*降雨強度(mm/h) |
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3.6 |
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0.036 |
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0.00036 |
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0.36 |
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0.0036 |
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図4-3 実験1のシミュレーション開始4800秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
図4-4 実験2のシミュレーション開始4800秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
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3.6 |
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0.036 |
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0.00036 |
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0.36 |
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0.0036 |
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図4-5 実験1のシミュレーション開始6000秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
図4-6 実験2のシミュレーション開始6000秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
*降雨強度(mm/h) |
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3.6 |
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0.036 |
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0.00036 |
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0.36 |
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0.0036 |
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図4-7 実験1のシミュレーション開始7200秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
図4-8 実験2のシミュレーション開始7200秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
*降雨強度(mm/h) |
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3.6 |
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0.036 |
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0.00036 |
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0.36 |
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0.0036 |
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図4-9 実験3のシミュレーション開始1200秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
図4-10 実験3のシミュレーション開始4800秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
*降雨強度(mm/h) |
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3.6 |
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0.036 |
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0.00036 |
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0.36 |
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0.0036 |
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第5章 考察
本研究では、地形の表現が降水に影響しているかを検討する為に、今回は格子数、格子間隔を変化させ3つのパターンについてシミュレーションを行った。図5-1に単位時間あたりの降雨強度について示した。今回のシミュレーションでは、格子数を多く設定し格子間隔を狭く設定した実験1では降雨が発生したが、格子数を少なく設定し、格子間隔を大きく設定した実験3では降雨の発生があまり見られなかった。図5-2は単位時間あたりの降雨強度の合計を示したが、実験2は実験1の半分の降雨量に対して、実験3は全体の時間を通して見ても降雨量が少ない。
また図5-1を見ると、実験1では8400秒から9600秒にかけて降雨量が減少しているが、降雨面積に変化がなく降雨強度に変化が見られることから、8400秒から9600秒の間に対流のセルが後退したと考えられる。実験2でも8400秒から10800秒にかけて同じ現象が見られる。
今回3つの実験を行ったが、格子数、格子間隔を共に変更した為、格子数、格子間隔のどちらかを変更することによって降雨量が変化するかは現段階では不明であるが、今回の実験結果から言えることは、地形の表現を明確にすると降雨量が多くなり、地形の表現を滑らかにすると降雨量が少なくなるということである。
図5-1 単位時間あたりの降雨強度
図5-2 単位時間あたりの降雨強度の合計
具体的には、シミュレーション開始1200秒の東経35°27′18″の東西の鉛直方向での風向、風速、雲水量について、図5-3と図5-4に示した。実験1でのシミュレーション開始1200秒後の鉛直方向での風向、風速、雲水量を表した図5-3を見ると、雲が発生している位置が低く山の斜面で発生しているということから、この雲は何らかの形で地形に影響されて発生したと考えられる。実験2でのシミュレーション開始1200秒後の鉛直方向での風向、風速、雲水量を表した図5-4を見ると雲は発生していない。
雲の中の降水粒子は不均一な分布をもち、気流も空間的に一様ではない。とくに対流雲では、それらの空間的・時間的な変化が激しい。雲の底で、最初同じ場所にあった水滴でも、成長速度の小さいものは上昇流とともに吹き上げられるが、成長速度の大きなものは途中で落下を始める。なかには雲の中を何度も上がったり下がったりするものもある。それらが、複雑な地形の影響を受け、様々なところで上昇気流や下降気流が発生し、それらが降雨をもたらしたと考えられる。また、図5-3の雲水が発生している位置は4.2章で述べたように、山の南西にある標高の低い斜面から、山頂に向かって上昇している風と、山の北西にある標高の低い斜面から上昇している風がぶつかり合う地点と考えられる。また、それらの風がぶつかり合う地点で降雨が発生していて、図5-3を見ると図5-4に比べ上昇気流や下降気流が発生して大気の状態が不安定であることがわかる。
また、図5-5では実験1での14400秒後の東経35°27′36″の東西の鉛直方向での風向、風速の様子を示し、図5-6では実験1のシミュレーション開始14400秒後の地表面での風向、風速、降雨強度について示した。図5-6を見ると地表面では山頂付近の東経35°27′36″で強い降雨を表している。次に図5-5の鉛直方向の風の動きを見ると、やはり山頂付近で上昇気流が一番高くまで達している。これらの事から、雲の発達と上昇気流が関係していることが言える。
しかし、今回地形の表現を変化させる為に3つのパターンについてシミュレーションを行ったが、山頂の標高値はあまり変化が見られなかった。図5-3、図5-4、図5-5に北緯35°27′36″の標高値について表したが、実験1の山頂の高さは405m、実験2では393m、実験3では375mであり、実験1と実験3の山頂の高さは30mしか変化がなかった。
図5-3 実験1の35°27′36″の標高値
図5-4 実験2の35°27′36″の標高値
図5-5 実験3の35°27′36″の標高値
図5-6 実験1での1200秒の東経35°27′18″
の東西の鉛直方向での風向、風速、雲水量
*雲水量(mm/h) |
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図5-7 実験2での1200秒の東経35°27′18″
の東西の鉛直方向での風向、風速、雲水量
*雲水量(mm/h) |
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図5-8 実験1での14400秒後の東経35°27′36″
の東西の鉛直方向での風向、風速の様子
図5-9 実験1のシミュレーション開始14400秒後の地表面での風向、風速、降雨強度
*降雨強度(mm/h) |
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第6章 結論
本研究では、非静力学モデルCReSS(Cloud Resolving Storm Simulator)を使用し、地形の表現が降水に影響するかを検討する為に、格子数、格子間隔を変化させ3つのパターンのシミュレーションを行った。そして、それぞれのパターンでの降雨強度、風向、風速がどのように変化するかを見てきた。
今回のシミュレーションで格子数を多く設定し、格子間隔を狭くすると地形の表現が鮮明になり、山の複雑な地形が表現出来た。地形の表現が明確になった実験では山の微小な起状が表現出来たことによって降雨量に多くなり、地形の表現を滑らかにした実験では降雨量が少なくなり降雨量に変化が見られたと考えられるが、今回の実験では地形の変化があまりなかったということから、本研究では大気側の解像度が鮮明になったことで本来表現出来ない小さなスケールの気象現象が表現されたことで降雨量に変化が見られたと考える。
また風向、風速はそれぞれ3つのパターンでの変化はあまり見られなかった。シミュレーション開始直後、3つのパターンすべて山を避けるように、山の縁を風が通過し標高の低い斜面から風が上昇し、地形の影響を受け大気の状態が不安定になった時、降雨が発生した。また、雲は山の山頂付近で発達して、上昇気流の高さは上空1000mまで発達した。
本研究では、現在の解像度より鮮明なものを使用することで、今まで表現されなかったスケールの小さな気象現象や、時空間スケールの小さな観測データの取り込みが可能になった。また、大気の鉛直方向の振る舞いを正確にシミュレーションすることにより、短い時間に強く降る雨の程度や、上昇気流と下降気流がどのように雲の発生に影響しているか理解することが出来た。
今回のシミュレーションでは、計算時間の関係でCReSSに与える計算領域は小さくなったが今後は計算領域を大きく設定し、また山の標高を変化させたとき、降水にどのように影響するかみていきたい。また、格子数、格子間隔どちらを変化させることによって降水が変化するか行っていきたい。
謝辞
本研究を進めるに当たり、ご多忙であるにもかかわらず、終始懇切丁寧な助言、ご指導
をして頂きました、玉川一郎助教授には心からの感謝の意を表します。
また、当研究室の大学院生佐藤氏、また学部生の方にも数々のご協力、ご支援を頂きま
した。
そして、今回数値実験を行うにあたって、名古屋大学地球循環研究センター 坪木和久氏、(財)高度情報科学技術研究機構 榊原篤志氏が開発したCReSSを使わせて頂きました。
さらに、本研究で使用させて頂きました貴重な実験データを提供して下さった方々に感謝します。
ありがとうございました。
参考文献
・身近な気象・気候調査の基礎 古今書院
pp45〜pp67 1.3章 湿度
・小倉義光:一般気象学 第2版 東京大学出版会
pp78〜pp104 第4章 降水過程
pp203〜pp247 第8章 メソスケールの気象
・近藤純正:水環境の気象学-地表面の水収支・熱収支 朝倉書店
pp38〜pp54 第3章 雲と降水
pp261〜pp280 第11章 複雑地形と大気
・坪木和久、榊原篤志:CReSS User’s Guide 第2版
ホームページ
・http://www.jma.go.jp/JMA_HP/jma/index.html
:気象庁
・http://cert.shinshu-u.ac.jp/et/itrev/2000/wc/it20001211.htm#c2
:気象情報におけるIT革命 図1-1引用