1.序章

1.1研究背景

近年、大気中の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン等)の増大による地球温暖化が問題視されている。このことを背景に、岐阜大学21世紀COEプログラム「衛星生態学創生拠点」(以後COEプログラムと呼ぶ)は、生態系のもつ機能(二酸化炭素の吸収や大気温度の調整など)とその仕組みを理解し、健全な生態系を持続して利用する方策を探ることを目的としており、岐阜県森林地域は二酸化炭素の吸収源として大きく期待されている。

COEプログラムは、生態プロセスの研究とリモートセンシング解析の融合・統合を図り、その結果を基に気象観測・モデリング解析を加え地域スケールの環境問題を個々に捉え、同時に、各々を再結合することにより地球スケールの環境問題へと包括的に還元する総合的・実践的な科学、「衛星生態学」の創生を目指したものである。生態プロセス研究による点観測と衛星リモートセンシングによる広域観測の両者を、数値モデリングの手法により組み合わせ、森林生態系の生理機能を流域スケールで評価・予測するためのモデルが必要となっており、本研究では、COEプログラムの一環として数値解析に用いるモデルの研究を行う。

 

1.2研究目的

本研究では、Gordon Bonanにより構築された鉛直一次元の陸面過程モデルNCAR LSM(第3章参照)を研究対象として使用する。NCAR LSMは、植生構造を一層で表現した比較的簡単なものである。しかし、NCAR LSMは内部に光合成のサイクルの表現をした部分をもち、また積雪の効果、陽葉・陰葉の割合の算出ができるなど高度な解析が可能なモデルである。

このモデル内ではさまざまな植生毎にパラメータが与えられており、世界中を覆るようになっている。しかし、これらのパラメータは便宜的に与えられているものである。そのため、モデル内のパラメータを既定値のまま利用した場合、計算結果と観測結果とのあいだに大きな誤差が発生することが過去の高山落葉広葉樹林サイトの研究から推測される。そのため、本研究は高山の常緑針葉樹林に対し観測データとモデルの解析結果との比較検証を行い、NCAR LSMを高山の常緑針葉樹林に適用できるようにしていくことを目的としている。

 


2.観測地概要

2.1観測サイト

本研究は、COEプログラムの研究対象である大八賀川流域内で占める割合の高い植生、常緑針葉樹林をモデル解析の対象とする。NCAR LSMに使用するにデータは、モデル使用に必要な観測データが揃っており、また比較できるデータも観測している高山常緑針葉樹林サイト(以後C50サイトと呼ぶ)のものを使用する。

C50サイトは、高山市の中心地から東に約10km(北緯36度08分23秒、東経137度22分15秒)に位置し、標高は約800mにある。また、C50サイトの常緑針葉樹林は、樹高は約20m、50年生のスギの人工林である。(図2-1参照)

図2−1 地形図と高山常緑針葉樹林サイト

 

2.2観測状況

C50サイトでは、2005年3月に高さ30mの気象観測のタワーが建設された。タワーとその周辺では、現在、気温・風速などの気象情報、土壌環境、CO2・熱・水フラックス等を長期連続観測している。気象情報・土壌環境は2005年3月から、フラックス観測は2005年7月から行い、現在も継続中である。

計測項目、計測高度については図2−2に示す。

図2−2 タワーおよび観測項目


3.モデル概要

3.1NCAR LSM概要

NCAR LSMNational Center for Atmospheric Research Land Surface Model, version1)は、1996年にGordon Bonanによって開発された単層の森林生態系を考慮した鉛直一次元の陸面過程モデルである。

NCAR LSMNCAR CCMCommunity Climate Model)と呼ばれる全球記気候モデルとの結合計算を意識したモデルとなっている。LSMは熱・水・運動に関する生物理的フラックス(潜熱フラックス・顕熱フラックス・運動量フラックス・短波放射・長波放射)に加えて、森林生態系による生化学的フラックス(CO2フラックス)をも計算できる統合的なモデルである。

3.2モデル構造

NCAR LSM内では陸面における多岐にわたるプロセスを定式化・パラメータかしており、個々のプロセス同士が相互に関係しあっている。

プロセス内で設定されているパラメータの一覧を付録に添付する。

図3−1は、各プロセス間の相互作用関係について模式的に示したものだ。

図3−1 NCAR LSMにおける各プロセス間の相互作用

詳細な定式化・パラメータ化については、NCAR LSMのマニュアルに記述。

以下の図3−2・図3−3に示すものは、水文プロセス・生化学的プロセスの模式図であり、NCAR LSM内ではこれらのすべてのプロセスを考慮している。

図3−2 NCAR LSMにおける水文プロセスの模式図

図3−3 NCAR LSMにおける生化学的プロセスの模式図

3.3計算設定

3.3.1解析期間

NCAR LSMの精度検証のためシミュレーションは、2006年1月1日0時00分〜2006年12月31日23時30分までの1年間についておこなった。しかし、放射量の観測データは冬季に多数の誤測があり、またフラックスの観測データは観測に欠落がある。そのため欠落が多い期間は精度検証には不十分とし除外、比較対象期間を2006年4月1日0時00分〜2006年9月30日23時30分までとした。

 

3.3.2モデル入力値

NCAR LSMのモデル入力値は、土地利用情報と気象情報の2種類ある。

土地利用情報は、緯度・経度、解析する地域の植生、土壌タイプである。緯度・経度はC50サイトの国土情報を入力、植生はLSM内で定義される植生タイプの常緑針葉樹林を使用した。表3−1に植生タイプの一覧を示す。なお、C50サイトは常緑針葉樹林単独の植生のため植生の比率を既存では常緑針葉樹75%ベア25%のものを常緑針葉樹100%に変更した。

 

表3−1 LSMで定義される植生タイプ

また、土壌タイプは正確な値が入手できなかったため、LSM内で定義されている数値の平均値を使用した。

気象情報は観測高度、気温、風速、比湿、気圧、対流性降水、長波放射量、可視領域・近赤外線領域の直達・散乱日射量で、これらの入力値はC50サイトより提供いただいた。

表3−2に一覧として掲載する。

 

表3−2 NCAR LSM入力デ要素

気象情報の中で、気温、風速、気圧、対流性降水、長波放射はC50サイトで計測された実測値を用い、比湿は気温、湿度から算出した。

可視領域、近赤外領域の直達・散乱日射量は直達・散乱日射を計測していないため、Spitters1986)をもとに日射量より推定している。

 

Spittersによる可視領域・近赤外領域の直達・散乱日射量の推定方法

大気上端における日射量は

                                             (3.1)

W/m2:大気上端における日射量

W/m2:地表面の日射量

W/m2):太陽定数(=1370W/m2

(°) :太陽高度

    :DOY

大気上端の日射量と地表面の日射量の比により場合わけ

            のとき                                     (3.2)

            のとき            (3.3)

            のとき                  (3.4)

            のとき                                       (3.5)

ここで、およびは以下の式で表せる。

                                               (3.6)

                                                             (3.7)

W/m2):散乱成分

日射の直達成分は

                                                                   (3.8)

W/m2):直達成分

可視領域と近赤外領域の放射量はほぼ等しいため

                                                                   (3.9)

                                                                   (3.10)

                                                                    (3.11)

                                                                    (3.12)

W/m2):可視領域の散直達日射

W/m2):近赤外領域の直達日射

W/m2):可視領域の散乱日射

W/m2):近赤外領域の散乱日射

 


4.研究内容

C50の観測結果とNCAR LSMの解析結果を1日毎の平均値の年変化と、一日の変化を月毎に平均した月平均日変化の2パターンについて比較・精度検証を行った。

比較・精度検証の項目は、(1)2m高度の気温、(2)上向き長波放射、(3)潜熱・顕熱フラックス、(4)CO2フラックスの4項目で、比較期間は(1)(2)は2006年1月〜12月末で、(3)(4)は2006年4月〜9月末である。

これは、フラックス観測において2006年1月〜3月において観測の欠落が多数存在したため、精度検証には不適切と判断したからである。図4−1にフラックス観測の欠落の割合を示す

 

図4−1 フラックス観測の欠測頻度

4.1.年変化の精度検証

(1)2m高度の気温

精度検証結果(表4−1参照)を見ると、1月の相関が0.56と非常に低くなっている。これはLSMにおいて積雪量が正しく読み込まれていないことによるものと考えられる。観測データとモデル出力を直接比較することはできないが、積雪量の年推移を見ると観測データは1月に最も多く、しだいに減少していく。一方、モデル解析においては1月の積雪が観測に比べ非常に少なくなっている。(図4−3(a)、図4−3(b)参照)

原因は、モデルの解析期間を2006年1月からにしたため2005年12月の積雪が反映されていないことだ。

それ以外の月を見ると、8月に低い精度を示しているが、年間で、0.7〜0.9の相関があり、RMSEは3℃程度に収まっており、観測誤差を考慮してもかなりの精度レベルにあると言える。

(図4−2参照。以下の図においてLSMは解析結果、C50は観測データをあらわす。)

 

表4−1 2m高度の気温の精度検証結果

図4−2 2m高度の気温の年変化

図4−3(a) 積雪量の年推移(C50)

図4−3(b) 積雪量の年推移(LSM)


(2)上向き長波放射

上向き長波放射の精度検証の結果(表4−2)を見ると、上記(1)2m高度の気温と同様に、1月に低い値を出しているが、これも(1)と同様に積雪量の影響と言える。

それ以外の月で年間を通して見ると、0.8〜0.9の相関があり、若干の過小傾向にあることがわかる。RMSEは15W/m以下に収まっており、非常に高い精度レベルにあるといえる。

(図4−4参照)

 

表4−2 上向き長波放射の精度検証

図4−4 上向き長波放射の年変化

 

(3)潜熱・顕熱フラックス

顕熱・潜熱フラックスは過去の研究より、観測に大きな誤差が発生していることがわかっている。したがって、放射収支から観測誤差を算出し、観測データの補正を行って精度検証を行う。

 

放射収支からの誤差の算出方法

放射収支は日射と長波放射から

                                                                                    (4.1)

と表すことができる。また、顕熱フラックス・潜熱フラックスを長期間平均すると

                                                                                                                     (4.2)

と表すことができる。放射収支の関係より

                                                                                                                           (4.3)

となる。式(4.1)(4.2)にC50サイトの観測データを代入すると

                                                                                                         (4.4)

                                                                                                           (4.5)

となり、フラックス観測が、34%程度足りないことがわかる。過去の研究より30%程度フラックスが観測できていないことがわかっているので、これと合致する。

以上のことより、フラックスの観測誤差を、

                                                                                                            (4.6)

とし、これを顕熱フラックス・潜熱フラックスそれぞれの誤差にすると、

                                                                                                      (4.7)

                                                                                                    (4.8)

となる。式(4.7),(4.8)にC50サイトの観測値を代入し、フラックスの観測誤差を算出すると

                                                                                                             (4.9)

                                                                                                         (4.10)

となる。これを使いフラックス観測値を補正する。

W/m2:日射、長波放射による放射収支

W/m2:フラックスによる放射収支

(W/m2):下向長波放射

(W/m2):上向き長波放射

(W/m2):下向短波放射

(W/m2):上向き短波放射

(W/m2) :顕熱フラックス

(W/m2) :潜熱フラックス

 

(a)潜熱フラックス

精度検証結果より、潜熱フラックスは0.4〜0.7程度の相関があり、解析結果は補正値に対し過小傾向にある。

 

 

表4−4 潜熱フラックスの精度検証

図4−5 潜熱フラックスの年変化

 

(b)顕熱フラックス

顕熱フラックスは、0.7〜0.8の相関があり、若干過大傾向がある。RMSEは補正値に対し最大で30W/mある。

 

表4−5 顕熱フラックスの精度検証

図4−6 顕熱フラックスの年変化

 

(4)CO2フラックス

CO2フラックスは、モデル解析より、春季にCO2の吸収がみられ、夏季には排出するという結果が得られた。

 

図4−7 CO2フラックスの年変化


4.2.月平均日変化

(1)2m高度の気温

2m高度の気温の月平均日変化を比較すると、観測値に対し解析結果は冬季に以下の4つのことが言える。

@夜間に解析値の気温が過小傾向にある。

A日中の気温が過大にでる。

B日没前後の気温の下降が急である。

C午前中の気温の上昇は表現できている。

また、夏季には気温の誤差は大きく見られないが、解析では気温の変動が2時間程度早く発生している。

気温の過大・過小傾向、日没前後の気温変化については、後述の上向き長波放射と同時に検証していく。

 

図4−8 2m高度の気温(2月)

図4−9 2m高度の気温(8月)

(2)上向き長波放射

上向き長波放射の月平均日変化は、2m高度の気温と同様に以下の4つのことがいえる。

@夜間に解析値の放射が過小傾向にある。

A日中の放射量が過大にでる。

B日没前後の放射の下降が急である。

C午前中の放射の上昇は表現できている。

 

図4−10 上向き長波放射(2月)

図4−11 上向き長波放射(8月)

 

 

 

 

(3)潜熱・顕熱フラックス

(a)潜熱フラックス

潜熱フラックスの月平均日変化は日中に50〜100W/m2程度過大傾向がある。観測誤差があるため日中の差は小さくなると考えられる。変化の形状はよく表せているといえる。日没時にモデル出力のほうが早く減少している。

 

図4−12 潜熱フラックス(5月)

図4−13 潜熱フラックス(8月)

 

 

 

 

 

 

(b)顕熱フラックス

顕熱フラックスの月平均日変化は、日中に100W/m2程度の過大評価がみられる。

午前中の上昇が観測値に比べ急激に起こっている。また、潜熱フラックスと同様に日没時の減少も観測値に比べ変化の速度が速くなっている。

 

図4−14 顕熱フラックス(5月)

図4−15 顕熱フラックス(8月)

 

 

 

 

 

 

 

(4)CO2フラックス

CO2の月平均日変化は、夜間において過大傾向がある。今までの研究より、春夏季の夜間の呼吸量は5μmol/m2s程度と推察されている。これを考慮すると、モデル解析の年変化で吸収していた5月・6月は一致しているといえる。

他の月は、日中のCO2の吸収量が不足している。

 

図4−16 CO2フラックス(5月)

図4−17 CO2フラックス(8月)

 


5.結論

 


付録

NCAR LSM内部で設定されているパラメータ一覧


月平均日変化

2m高度の気温 1月〜12月

 


上向き長波放射 1月〜12月


潜熱フラックス 4月〜9月


顕熱フラックス 4月〜9月


CO2フラックス 4月〜9月


年変化

2m高度の気温

 

相関・RMSE・バイアスは30分平均の精度検証

上向き長波放射

 

相関・RMSE・バイアスは30分平均の精度検証

顕熱フラックス

潜熱フラックス

CO2フラックス

 


Vegetation Temperature – surfT30

Ground Temperature – surfT2

日射量


その他

積雪

Leaf Area Index

Stem Area Index